沖縄・那覇の市場裏。ひんやりとした石室に、百歳を超える老女が珊瑚の粉を練っていた。大古の前に置かれたのは、ヴァンクリーフ&アーペル「レディアーペル フールーレ」のレプリカ。花弁を思わせる宝石がぎっしりと埋め込まれた文字盤は、一見すると本物そっくりだ。
「婆ぁ(ばぁ)、見てくれ」老女が真紅の珊瑚粉を指先に載せ、レプリカの金枠にそっと押し当てた。
「…あら?」
珊瑚粉が触れた部分だけ、金色がわずかに褪せた。老女は無言で本物の金貨を差し出す。珊瑚粉を同様に付着させても、金色は変わらない。
「琉球の珊瑚は、偽金(にせがね)を嫌う」老女が笑みを漏らした。「本物の18金なら、色は変わらん」
大古がルーペで宝石を検証する。薔薇形にカットされた「花弁」の一つ。本物のピンクサファイアが持つ内包物(インクルージョン)の特徴的な針状結晶が、ここには見当たらない。代わりにあるのは、ガラス特有の気泡だった。
「色は上手い」老女が認める。「でも、魂(まぶい)がない」
突然、若い観光客が興奮して駆け込んできた。
「おばあ! この時計、掘り出し物ですよ! 10万円で…」
彼が差し出すのは、全く同じヴァンクリーフのレプリカ。老女は珊瑚粉を一粒、観光客の腕に載せたレプリカに落とした。瞬時に金メッキが変色する。
「あれ?」観光客が目を丸くする。
「孫よ」老女が優しく諭す。「珊瑚が教える。本当に輝くものは、琉球の海で育つ時間(とき)と真心だけだ」
石室を出た大古の耳に、三線(さんしん)の音色が届く。老女の教えは、宝石の輝きよりも深く胸に刻まれた。偽りの宝石レプリカ時計は市場の雑音に消えても、珊瑚が暴く真実と、海が育んだ知恵は、この島の石壁のように静かに、確かに存在し続ける。