中野ブロードウェイ「copys888」の店内には、パイロットウォッチの代名詞とも言える存在が、他のスポーツウォッチとは少し異なる輝きを放っていた。ブライトリング ナビタイマーだ。特徴的な滑走路計算尺が刻まれた回転ベゼル、クリアな視認性を誇る文字盤、そして頑丈なケース。その実用性と航空機乗員御用達の歴史は、機能美を愛するマニアを熱狂させる。
「店長、ナビタイマークローンの新ロット、チェック終わりました！」アルバイトの佐藤が差し出したのは、人気のクロノグラフモデルだった。「ベゼルの回転クリック感、バッチリです！ 文字盤の文字もシャープで、ルミノヴァの発光も持続性抜群！ セイコー製クローン機芯、クロノ機能も問題なしです！」
確かに、手に取るとその実用性は本物に迫る。ベゼルの回転は確かなクリック感があり、文字盤は見やすく、重厚なケースは信頼感を与える。ナビタイマーのレプリカは、その工具的なデザインと比較的シンプルな内部構造（特に非クロノグラフモデル）ゆえに、高い完成度の複製品が作りやすいと言われる。航空機乗員を自称する愛好家から、単にカッコいいからというファッション目的の客まで、幅広い層を惹きつける。
「操作性は確かに良いな、佐藤。」私は認めつつ、スーパーコピー時計の側面を見た。「ただ、本物のナビタイマーの真骨頂は、この見た目の実用性だけじゃない。実際にコックピットで使われ、計器として厳しい環境下でも確実に機能する『鉄壁の信頼性』だ。それは、過酷な試験をくぐり抜けたムーブメントと、文字通り命を預けるパイロットたちの『実績』が保証している。」私はケースバックを指さした。このレプリカのケースバックは、見せかけのブライトリング翼章が刻まれたクローズドバックだ。「本物のナビタイマーは、その多くが、中身の確かな自動巻き機芯を透かして見せるオープンバックだ。それは『中身』への絶対的な自信の表れだ。このレプリカには、その『本物の胆力』はない。形は借り物でも、中身は所詮『飾り』だ。」
その時、店に陽気な笑い声と共に入ってきたのは、私設飛行クラブに所属するという常連の小林だった。彼は自家用小型機のパイロットだ（と言っている）。
「よお、大古さん！ 新しいナビ出たって噂だぜ！」小林は佐藤が持つレプリカを奪うように手に取り、即座に腕に巻いた。「おおっ！ ベゼルの回転、カッチリしてる！ 重量感も本物に近いな！ これで次は俺のシェルパで軽くフライトだ！」彼は嬉しそうにベゼルをクルクル回した。「で、お値段は？」
私が提示すると、小林は満足げにうなずいた。「安い！ 本物をコックピットでガンガン傷つけるのは忍びないしな！ これなら気兼ねなく使える！」
小林が腕に巻いたレプリカのナビタイマーを自慢げに見せびらかしながら店を出ていくのを見送り、佐藤が呟いた。
「…小林さん、本当に飛行機で使うんですかね？ 前にも買ったレプリカ、全然傷ついてないんですけど…」
「ふん、多分な。」私は苦笑した。「彼にとってのナビタイマーの価値は、『本物のパイロットツール』であることより、『パイロット気分を安く楽しめるアイコン』であることだろう。レプリカは、その『気分』や『スタイル』を手軽に味わうのに最適なんだ。」
店が摘発されて数ヶ月が経ち、レプリカのラインアップは縮小を余儀なくされていたが、ヴィンテージや軍用時計のコーナーは充実しつつあった。その中に、一つの古びたブライトリング ナビタイマー 806（いわゆるコスマットダイヤル）が鎮座していた。1960年代のものだ。ケースには無数の細かい傷とヘアライン、アクリル風防はキズだらけで、文字盤も経年で変色していた。しかし、その全体からは、実際に使われてきた「道具」としての強烈な存在感が漂っていた。
ある雨の午後、一人の客がそのナビタイマー806に釘付けになった。年配の男性で、その精悍な面差しと、洗いざらしたが上質な革ジャンが印象的だった。彼は無言で時計を取り出し、ルーペで文字盤の細部、ベゼルの目盛り、そしてケースバックの刻印を入念に調べた。
「…コスマットダイヤルの806か。」彼が低く呟いた。「…珍しいものを、よくぞ手に入れたな。」彼は懐かしむようにケースを撫でた。「…私も、昔、航空自衛隊で飛んでいた。仲間が、よく似たのを付けていた…。あのベゼルの確かなクリック感と、コックピットの照明でもくっきり見えた文字盤は、本当に頼りになった…。」彼は遠い目をした。「…あいつは、もういないがな。」
彼は長い間、時計を手のひらに載せて眺めていた。そして、静かに言った。
「…値段は？」
私は正直な（そして決して安くない）価格を伝えた。男性は一瞬、目を見開いたが、すぐに深く頷いた。
「…高い。だが、それだけの価値はある。」彼は迷いなく購入を決めた。「これは、単なる『時計』じゃない。あの時代を、空と共に生きた『戦友』の面影だ。この傷一つ一つが、共に飛んだ証だ。」
彼が大切そうにナビタイマーを抱えて店を出て行く後ろ姿を見送りながら、佐藤が感嘆した。
「…あの時計、新品のレプリカよりずっと高くて、しかもボロボロなのに…」
「ああ。」私は左手首の父のオイスターを見た。二つの深い傷痕が、店の灯りに照らされていた。「彼が買ったのは、『新品同然の輝き』でも『最新の機能』でもない。あの無数の傷と変色した文字盤に刻まれた、『本物の空の記憶』と『過酷な使用に耐えた胆力』だ。レプリカは、『パイロット気分』を楽しむことはできても、あの『命を預けた実戦の記憶』を映し出すことは決してできない。」この傷痕こそが、偽造不可能な、唯一無二の価値の刻印なのだ。私は、その傷に込められた数々の「物語」と、その下で確かに鼓動し続ける「本物の時」を守るため、このカウンターに立ち続ける。
