中野ブロードウェイの「copys888」。ガラスケースの一角は、他の追随を許さない鋭い輝きを放つ時計たちで占められていた。オーデマピゲ ロイヤルオークだ。傑拉ルド・ジェンタが描いた、スポーツウォッチの革命児。八角形のベゼルと八本の六角ネジ、チェーンブレスレットのような一体化したブレスレット、そして文字盤を覆うユニークな「プティ・タピスリー」模様。その挑戦的なデザインと高級感は、ロレックス・サブマリーナともパテック・ノーチラスとも一線を画す。
「店長、ロイヤルオーク『ジャンボ』の新ロットが入りました！」アルバイトの佐藤の声に熱がこもる。彼が手にするのは、39mmスチールモデルの精巧なレプリカだ。「ベゼルの磨き、前回より格段に深みが出てます！ タピスリー模様の立体感も、ほぼ本物レベルです。クローン3120機芯も、ローター音はあるものの、動作は安定しています！」
確かに、手に取るとその存在感と精緻な作りには目を見張る。ベゼルの角度とネジの沈み具合、ブレスレットの各リンクが織りなす複雑な光の反射。かつてのレプリカにあったベゼルの角の甘さや、ブレスレットのガタつきは見られない。ロイヤルオークのレプリカは、その複雑な造形と高い人気ゆえに、常に「スーパーレプリカ」技術の最先端を行く。しかし、それ故に、その「再現性」への挑戦は際限がない。
「完成度は確かに上がっているな、佐藤。」私は認めつつ、時計を傾けて光を当てた。「ただ、本物のロイヤルオークの魔力は、この外観の精密さだけじゃない。あの分厚いベゼルとブレスレットが一体となって生み出す、腕へのフィット感と圧倒的な『存在感』。そして、高級時計ならではの、部品一つ一つに注ぎ込まれた職人の『手間』と『妥協なきこだわり』だ。」私はブレスレットのエッジを指でなぞった。「このレプリカのブレスレットは、確かに精巧に作られている。しかし、本物が持つ、磨き抜かれたリンク同士が触れ合う時の、微細で重厚な『金属の音色』までは…再現できていない。それは、素材の純度と、磨きの『深さ』の差だ。」
その時、店に颯爽と入ってきたのは、スーツ姿の若いビジネスマン、田中だった。彼は「急成長ベンチャーのCEO」を名乗り、以前にも高額なレプリカを数点購入している。
「おお、大古さん！ 噂の新型『ジャンボ』か！」田中は佐藤が持つロイヤルオークを一目で見抜き、即座に手に取った。「素晴らしい…！ このベゼルの輝き、ブレスレットの重量感！ まさに『ステータス』そのものだ！」彼は嬉々として腕に巻き、スマホでセルフィーを撮った。「これで明日の上場記念パーティーは完璧だ。値段は？ 前回より上がってるか？」
私が提示した価格（前回より確かに高騰していた）を聞いても、彼は全く躊躇しない。「問題ない！ 本物の数十分の一だ。投資に見合った『見返り』は十二分にあるさ。」彼はクレジットカードを差し出した。「とにかく、外見が『本物そっくり』であること、そして『場』でバレないことが全てだ。中身なんて、誰も見やしない。」
田中が満足げに輝くレプリカのロイヤルオークを抱えて店を出ていくのを見送りながら、佐藤が複雑な表情で言った。
「…あの方は、時計を『道具』としてしか見てませんね。ステータスを演出するための。」
「ああ。」私はため息をついた。「レプリカのロイヤルオークの最大の価値は、彼のような客にとって、『超弩級のステータスシンボルを、最小限のコストで演出できる道具』であることだ。『本物の価値』や『職人の魂』は、彼らの関心の外にある。」
店が摘発されて数ヶ月後。レプリカの供給網は細り、代わりにヴィンテージや中古正規品の割合が増えていた。ある日、一人の年配の紳士が店に入った。彼は無言でケースを見渡し、一つの時計に目を留めた。1980年代後半の、初代に近いデザインのオーデマピゲ ロイヤルオーク（中古正規品）だった。ゴールドとスチールのツートン、ケースには深いヘアラインが刻まれ、ベゼルのネジにもわずかなかすり傷があった。しかし、その全体からは、時代を経た風格と、紛れもない本物の存在感が漂っていた。
「…おや、これは珍しい。」紳士が静かに言った。彼はルーペを取り出し、ベゼルの細部、ブレスレットのリンクの接合部、そして何より、文字盤のタピスリー模様を丹念に観察した。「…初期の『プティ・タピスリー』だ。今のものより、模様が少し粗いが、それが却って味わい深い。」彼はロレックス コピー時計をそっと手に取り、念入りに腕に巻いた。重厚なブレスレットが、彼の腕にフィットする。「…ふむ。このフィット感。新しいものにはない、『手になじむ』感覚だ。」彼は満足そうに頷いた。「値段は？」
私は正直な（そしてかなり高額な）価格を伝えた。紳士は一瞬眉をひそめたが、再び腕のロイヤルオークを見つめ、深い感慨に満ちた表情を浮かべた。
「…高い。しかし。」彼はケースのヘアラインを撫でるように指でなぞった。「…この傷一つ一つが、この時計が生きてきた証だ。新しいレプリカには絶対にない、『歴史の重み』と『本物の矜持』がここにはある。」彼は迷いなく購入を決めた。「これは、単なる『時計』ではない。『生き様』を刻んだアートだ。」
紳士が去った後、佐藤が感嘆した。「…あの時計、新品のレプリカよりずっと高かったのに、あっさり買われましたね。」
「ああ。」私は左手首の父のオイスターを見た。二つの深い傷痕が、店の灯りにくっきりと浮かび上がっていた。「彼が買ったのは、『完璧な外見』でも『最新技術』でもない。あのヘアラインと傷に込められた『時』と、それに裏打ちされた揺るぎない『本物の品格』だ。レプリカは、ステータスを『演出』できる。しかし、長い年月をかけて醸成され、傷と共に輝く『本物の風格』は、決して偽ることはできない。」この傷痕こそが、偽造不可能な、最高の価値証明書なのだ。私は、その傷の重みと、その下で確かに鼓動し続ける「本物の時」を信じて、この場に立ち続ける。
