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大古、偽りのクロノグラフに魂を売る

銀座並木通り、午後六時。僕、円・大古は、ショーウィンドウに黄金のオイスターパーペチュアルが燦然と輝くロレックスブティックの前で、奇妙な違和感に足を止めた。通り過ぎるスーツ姿の男たちの手首。ロレックス、ロレックス、ロレックス…。しかし、その輝きが妙に均質で、不自然に完璧に見える。まるで…街全体が、巨大なレプリカ時計のショーケースに変容したかのようだった。

「…見えるか? 『蜃気楼』が、現実を飲み込み始めたんだ」
背後で、かすれた声がした。振り返ると、見覚えのある老紳士、元・高級ロレックス コピー時計技術者だったタナカ博士が、深い影の中に立っていた。彼の目は、異様な熱を帯びている。
「ついに奴らは…『それ』を完成させたらしい」
差し出されたのは、一見普通のロレックス・デイトナだった。しかし、博士が懐中電灯の光をある特殊な角度で当てると──文字盤のブラックダイヤルが、一瞬、歪んだ虹色の光沢を放った。それは、現実と虚構の境界を揺るがす、危険な輝きだった。

目的地は、お台場の廃墟と化した某研究施設の地下。タナカ博士の案内で、重い防護扉をくぐる。そこには、最新の光学研究機器と、無数の分解されたロレックスコピーが並ぶ、異様なラボがあった。主(あるじ)は、元・光学メーカーの鬼才、ドクター・イカリと呼ばれる男だ。
「ようこそ、蜃気楼の工房へ」 イカリが不気味に微笑む。「我々は、単なる『コピー』を超えた。見よ!」
彼が特殊なライトを点灯させた作業台の上には、分解されたロレックスの文字盤があった。その表面に塗布されたナノレベルの微細なコーティングが、光の波長を歪め、周囲の空間さえも微妙にゆがめて見せる。
「この『蜃気楼コート』が、時計の存在そのものを『錯覚』に変える」イカリの声が興奮で震える。「装着者のオーラ、周囲の光環境…あらゆる要素を計算に入れ、その時々で『本物らしく』見せる最適な歪みを生成する。鑑定士のルーペすら欺く、生きた偽装だ!」

その危険な輝きは、街に急速に浸透した。数日後、六本木ヒルズのバー。タナカ博士と共に、一人の著名な実業家を観察する。彼の手首のデイトナレインボーは、バーの間接照明の下で、本物以上に深い輝きを放っていた。しかし、博士が取り出した特殊な偏光フィルター越しに見ると──時計の輪郭が微かに滲み、周囲の空間と溶け合うような奇妙な光景が浮かび上がった。
「…見たか」博士の声は詰まっていた。「あれは最早『物』ではない。装着者の『本物であってほしい』という強い願望をエネルギーに変換し、周囲の認識そのものを歪める…『蜃気楼』なんだ」
その実業家は、誰もが羨望の眼差しを向ける中、妙に浮ついた笑みを浮かべていた。彼自身が、蜃気楼の共犯者となり、自らの虚構を強化していた。

真の恐怖は、「蜃気楼」が宿主の認識を侵食し始めた時に訪れた。ある夜、新宿の超高級マンション。タナカ博士の古くからの知人、コレクターのカネモト氏が、錯乱状態で僕らを呼び出した。彼の広大なコレクションルームは、異様な光景だった。壁面のショーケースには、何十ものロレックスが並ぶが──全てが、歪んだ蜃気楼のように微かに揺らいで見えるのだ。
「あれだ…! あのデイトナが…全てを狂わせた!」カネモトが震える指さす先には、イカリの「蜃気楼時計」があった。「最初はあれだけが歪んで見えた…だが今では! 本物のパテックも、オーデマも…俺の目には全てが偽物に見える! いや…どれが本物か、もう分からん…!」
彼は、ショーケースのガラスを拳で叩き割ろうとした。博士が必死に止める。蜃気楼は、宿主の視覚神経そのものを侵し、現実認識を破壊していた。彼の脳は、「本物」と「偽物」の区別そのものを失っていた。

「…奴らは、とんでもない怪物を生み出した」
タナカ博士と共にイカリのラボに急行した。しかし、そこはもぬけの殻だった。残されていたメモには、狂気じみた文字が走っていた。
『次の段階へ移行。蜃気楼は自己増殖を開始した。時計を超え、街そのものを偽装する』
ラボの奥の実験室には、巨大な円筒形の装置が残されていた。それは、街路灯やネオンサインに照射することで、広範囲に「蜃気楼コート」効果を発生させるプロトタイプだった。イカリは、東京そのものを、巨大なロレックスコピーのショーケースに変えようとしていたのか?

夜、自室。机の上には、カネモトから託された「蜃気楼時計」が置かれている。普通の光の下では、完璧な


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